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2025/12/29 13:21

朝5時。新高塚小屋の引き戸をそっと開けると、外の空気が硬いくらい寒かった。
小屋のまわりにはうっすら2cmくらいの雪。12月初旬の屋久島では、山の上から季節が先に来る。宮之浦岳まわりの初雪は「例年12月あたま」とも言われていて、まさにそのタイミングだったんだと思う。

まだ真っ暗で、ヘッドランプの光だけが頼り。降ってはいない。でも風は少し強めで体の芯がじわじわ冷える。僕は寒さが得意じゃないから、歩きはじめのテンションは正直上がらない。
足を出して、息を整えて、淡々と進む。暗い時間帯は、景色よりも「音」と「足元」だけになる。
歩きはじめて2時間くらいで稜線に出た。風が一段階変わって、抜けが良くなるぶん体温が奪われる。風を避けられる場所を見つけてチェーンスパイクを装着。
少しずつ空が明るくなり稜線の輪郭が見えてくる。ただガスが濃くて、見えるのはせいぜい十数メートル。だからこそ、見えている範囲に意識が寄る。遠くの凄い景色はない。目の前の岩の白さとか、木肌に吹け付けられた雪のディティールとかそういう細部はやけに目がいく。

ときどき、空の一部だけが赤くなる。朝焼けというより、雲の内側が一瞬だけ色づく感じ。どこかの惑星っぽくて、良い時間だった。
平石まで来たあたりで、地面がカリカリに凍っていた。平石は、花崗岩が風化して平らになった場所で、宮之浦岳へ向かう途中の“最後の休憩所”みたいに扱われるポイント。そこで小休止。
ここから先に進むこともできたと思う。でも、この硬さと風、そしてガス。積み上げるリスクのわりに得られるものが少ない。そう判断して、そこで区切りをつけた。

引き返すと決めたあとの足取りは、少し軽くなる。一刻も早く温泉に入ってビールが飲みたい。
屋久杉のあたりまで戻ってきた頃、それまで曇っていた空から光が差した。濡れた森にスポットライトみたいに一箇所だけ光が落ちる。水を含んだ苔が急に明るくなる。あの感じは写真に撮ると多分ちょっと違って見える。現場の目で見ただけで満足。
2日間で、雨と霧と、みぞれと雹っぽいものと、雪と、風と、最後に光。
屋久島は「一日で四季がある」みたいに言われるけど、本当にそれを体験できた旅だった。
今回、初めて屋久島に来た。正直、来る前に持っていた印象とはだいぶ違った。

屋久島の自然って、きちんと厳しかった。
濡れて、冷えて、暗い中を淡々と進んで、稜線で立ち止まって、引き返す。そういう積み重ね。
だからこそ、また歩きたくなる。