2025/12/24 10:27
新高塚小屋へは14時に到着した。
到着する頃には体のあちこちが濡れていて、じわじわ寒い。もうこの先は「早く屋根の下に入りたい」だけで歩いていた気がする。

やっと小屋だ!!と思って引き戸を開けた瞬間、鼻を刺す匂いがきた。
ホコリなのか、カビなのか。どっちにしても思っていた「助かった…」の空気とは違って、まず匂いが先に立つ。
小屋の中はほとんど陽が差し込まず暗かった。周りも樹々に覆われていて、外の明るさがそのまま中に届かない。曇っていたのもあるけれど、場所として日当たりが良いわけじゃないんだろうな、と思う。


壁がところどころ白い。最初は木の模様かな?と思った。でも近づいてみると、しっかりカビだった。なるほど、と思う。匂いの正体も、湿り気の理由も。


とはいえ、30分も中にいると不思議と慣れてしまった。匂いが消えたわけじゃない。ただ、気にする余裕がなくなる。濡れた服を脱ぎ乾いた暖かい服に着替える。ダウンに包みストーブでお湯を沸かすと少しだけ室温が上がり落ち着いた。そんな14時だった。


外は相変わらず風と雨で、小屋の周りはずっとザワザワしている。
人が来る気配はまったくない。足音も、話し声も、扉が鳴る感じもない。こちらの世界だけが小屋の中に切り取られて外側は荒れているのに、距離がある。


スマホは電波が入らない。繋がらないことが不便かというとそうでもなくて、むしろ「今ここにいる」以外の選択肢が消えるのが兎に角良い。連絡も、通知も、調べ物もない。手持ちのものと、目の前の状況と、同じ空間にいるメンバー。それだけで時間が進む。
こういう場所の楽しさはやっぱり現地に来ないとわからない。特別なことをしているわけじゃないのに、きちんと豊かさを感じられる。濡れたものを片付けて、湯を沸かして、温かいものを飲む。床に座って、ザックを背にして、外の音を聞く。手元にある道具と最低限の手段できちんと夜を過ごせる。

話すことも自然に変わっていく。さっきまでの道中のこと。雹みたいな粒が当たった音とかそういう確認みたいな会話がひと段落すると、今度は全然関係ない話が出てくる。最近のこととか、どうでもいい雑談とか、なぜか昔の話とか。電波がないぶん話題が外に飛ばない。ここにいる人の中をぐるぐる回って、丁度良く落ち着いていく。

外は荒れているのに、小屋の中はだんだん静かになる。
心地いい。屋久島の山奥で、雨と風に囲まれたまま限られた手段で夜をやり過ごす。
その感覚だけは、画面の中じゃ伝わらないし、多分僕は、こういう時間を味わいに来ているんだと思う。


